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東京地方裁判所 平成9年(ワ)14658号 判決

原告

甲野春子

右三名訴訟代理人弁護士

岡田啓資

被告

西武信用金庫

右代表者代表理事

髙田幸夫

右訴訟代理人弁護士

谷修

小原真一

大﨑峰之

主文

一  被告は、原告甲野春子、同乙川夏、同丙山秋男各自に対し、金八五三万八九三六円ずつを支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野春子、同乙川夏、同丙山秋男各自に対し、金八五三万八九三六円及びこれに対する平成九年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  丙山一郎は、生前、被告との間で、次の各支店においてそれぞれの預金をする旨約した(なお、各金額は、平成八年六月一三日現在の残高である。)

(一) 狭山ヶ丘支店関係

(1) 丙山一郎名義の、普通預金二五四万二四八七円、定期預金二六九九万四四六三円、通知預金二万七七三二円、合計金二九五六万四六八二円。

(2) 丙山一郎の孫名義(A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M)の定期預金(各一〇〇万円宛)、合計一三〇〇万円。

(二) 東村山支店関係

丙山一郎の普通預金一三万円。

2(一)  丙山一郎は、丙山五年三月一一日死亡した。

(二)  原告三名は、鈴木文亮の長女(春子)、次女(夏)、三男(秋男)である(なお、丙山一郎の相続人としては、他に、長男の丙山二郎、次男の丙山三郎がいる。)。

3  原告三名は、平成九年七月一四日、代理人岡田啓資を通じて、被告狭山ヶ丘支店及び同東村山支店の各担当者に対し、各自の相続分五分の一に相当する預金の支払を請求した。

4  よって、原告らは、被告に対し、預金払戻請求権に基づき、それぞれ金八五三万八九三六円及び付遅滞日の翌日である平成九年七月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1はいずれも知らない(ただし、原告らの主張する口座に相応する預金口座が存在することは認める。)。同2及び3は認める。

三  抗弁

金融機関においては一般に、被相続人名義の預金について共同相続人の一人から払戻の請求があった場合、遺産分割協議書の提出があるか相続人全員の同意に基づく請求でなければ応じないとの取扱がなされている。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠

一  原告

甲第一号証

二  被告

甲第一号証の成立は知らない。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1について判断する。

(一)  同1(一)(1)及び(二)の預金については、被告もそれらの預金口座の存在を認めているところ、右各預金について、名義人丙山一郎以外の者が預金契約者であることをうかがわせる事情は全くないことからして、右各預金は丙山一郎がその生前被告との間で預金をする旨約した事実を認めることができる。

(二)  同1(一)(2)の預金について検討するに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、申立人甲野春子、乙川夏、丙山秋男、相手方丙山二郎、丙山三郎間の丙山一郎の遺産分割申立事件(東京家庭裁判所平成八年(家)第七六三七号)の審判手続において、丙山一郎の孫名義の一三口の定期預金が丙山一郎の遺産であることは相続人間に争いがないことを認めることができ、その他、右事実を覆すに足りる事情は何らうかがわれないことを考慮すれば、右各預金はいずれも丙山一郎が預金者として、被告と預金する旨約した事実を認めることができる。

2  請求原因2ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁については、公知の事実としてこれを認めることができる。

2(一) ところで、民法八九八条は、相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属する旨規定しており、その共有の性質は同法二四九条以下に規定する「共有」と異ならず(最高裁昭和三〇年五月三一日判決民集九巻六号七九三頁)、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人はその相続分に応じて権利を承継するものと解するのが相当である(最高裁昭和二九年四月八日判決民集八巻四号八一九頁、同前掲三〇年五月三一日判決)。そこで、金銭その他の可分債権については、遺産分割前でも、同法四二七条の規定に照らし、各相続人が相続分の分割に応じ独立して右債権を取得するものと解するのが相当であり、相続財産が被相続人の信用金庫に対する預金払戻請求権である場合も、右債権と同様の金銭債権であり、別異に解すべき理由はない。

(二) しかしながら、被相続人が生前有していた可分債権も、共同相続人全員間の合意によって、不可分債権に転化し、共同相続人らによる遺産分割協議の対象に含めさせることも可能と解されるので、共同相続人から右可分債権の請求を受けるべき債務者としては、右債権を遺産分割協議の対象に含めることについての合意が成立する余地がある間は、その帰属が未確定であることを理由に請求を拒否することも可能というべきである。

3 ところが、本件の場合、右甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、丙山一郎の共同相続人の間において、請求原因1の各預金(以下「本件預金」という。)を含ませた遺産分割協議が成立する可能性はほとんどないと認められるので、本件預金の帰属は、可分債権の相続関係についての原則論に立ち返ったものとして扱わざるを得ず、したがって、原告らは、本件預金の五分の一ずつ取得したものと認めることになり、債務者である被告としては、現時点においては、原告からの法定相続分相当分の払戻請求を拒み得ないというべきであるが、被告が請求原因3のとおり預金払戻請求を受けた時点において、前記の理由から、払戻を拒否することにつき正当な理由があるというべきであるから、原告らの遅延損害金の請求については、これを認めることはできない。

三  以上の事実によれば、原告らの請求はいずれも元金八五三万八九三六円ずつの支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書(請求棄却部分が付帯請求のみであることに基づく。)を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官柴﨑哲夫)

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